幸福の三大資本と、人間関係の見直し

「自由」「自己表現」「絆」。この3つが、私たちの幸福を形づくる基本要素だと語るのが橘玲だ。だが、それぞれは独立して存在するのではなく、明確な土台の上に立っている。

自由は金融資産の上に、自己表現は人的資本の上に、そして絆は社会資本の上に築かれる。この3つの土台が整ってはじめて、私たちは人生においてバランスの取れた幸福を構築できる。

とはいえ、すべてを同時に満たすことは現実的ではない。橘は明言する。8つの幸福パターンのうち、3つすべてを持つ「超充」は極めて稀であると。むしろ、多くの人が2つの資本を保持していれば十分に幸福でありうるのだと。

友情のコスパを問い直す

特に注目すべきは、「友達不要論」だ。

友情空間というのは、実は非常にコストパフォーマンスが悪い人間関係であると指摘されている。付き合いは薄いのに、柵(しがらみ)だけが強い。そのため、精神的なエネルギーを割く割には、リターンが少ない。さらに、友情関係は切ることが難しく、政治的な関係性に近い構造を持つ。

それならば、友情を貨幣空間に置き換えることはできないのか。つまり、友達ではなく、趣味仲間、仕事仲間、外注サービス、あるいはカフェの店員との軽い会話に置き換える。そうすることで、煩わしい政治空間から距離をとり、より合理的で選択可能な人間関係にリセットすることができる。

花柄空間という新しい関係概念

この文脈で登場するのが、「花柄空間」という言葉だ。橘は人間関係を以下の4階層に分類している。

  • 愛情空間(家族や恋人)
  • 友情空間(友人、親友)
  • 政治空間(上司、部下、同僚)
  • 花柄空間(カフェの店員、SNSのフォロワー、100円ショップの仕入れ先)

この花柄空間が現代人にとって最も拡張性が高く、かつ最もストレスが少ない。関係は軽く、入れ替え可能で、利害の一致によって成立する。例えば、100円ショップの裏にいる中国の工場の誰かと、私たちは貨幣を介してつながっている。

この空間を見落とし、友情空間だけを重視すると思考が偏る。孤独だと嘆く人は、実は日常のあらゆる場面で他者と関わりを持っている。だが、それを「関係」として認識していないだけだ。

プア充とリア充の構造的危うさ

橘は、8つの幸福パターンの中でも「プア充」というスタイルに注目する。これは、経済的には貧しいが、友人との結束で生活を成立させている層だ。

一見豊かに見えるこの生活も、ひとたび友人関係が崩れれば、一気に貧困層へ転落するリスクを孕んでいる。つまり、友情に依存した幸福構造は、極めて不安定なのだ。

一方で、稼ぎがよく友達も多い「リア充」もまた、自分と同じステータスを持たない人を切り捨てていく傾向にある。フェイスブックでの自慢投稿、見た目や学歴での人間関係の選別。これもまた、強固な人間関係ではなく、脆弱な選別構造の上に成り立っている。

貨幣空間で人間関係を構築するという選択肢

もし人間関係に煩わしさを感じているならば、いっそその構造自体を変えてしまうことができる。

岡田斗司夫が例示したように、いじめられている状況であっても、強い相手にお金を払ってボディーガード化することで、被害者から交渉者に立場を変えることができる。

このような発想は、一見冷徹にも思えるが、資本主義社会においては実に合理的な対応だ。友情を維持するために無理をするのではなく、必要な人間関係を必要な形で外注するという判断は、むしろ健全な自己防衛である。

人間関係の最適ポートフォリオを持て

橘玲が提唱する「幸福な人生の最適ポートフォリオ」は以下の3本柱だ。

  • 金融資産は分散投資(不安のない最低限の自由)
  • 人的資本は集中投資(好きなことに注力)
  • 社会資本は小さな愛情空間と大きな花柄空間で構成

友情空間をどう扱うかは、この中で自由裁量となる。必要であれば残せばよいし、不要であれば縮小してもよい。重要なのは、愛情空間と花柄空間で心が満たされていれば、それはもう十分に幸福な構造だという視点だ。

まとめ

友達がいないと不幸だというのは、単なる思い込みにすぎない。友達の代替としての貨幣空間、花柄空間を上手に活用すれば、人間関係に縛られずに自由な生き方を構築することは可能だ。

これからの時代、どれだけ多くの友達がいるかではなく、どのような関係性を、どの空間で、どれだけ選択可能に保てるかが鍵となる。

人生は選べる関係性の集合体であり、その設計はすべて、自分の手に委ねられている。

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