アドレナリンは「出るもの」ではなく「起動する技術」──佐山聡の訓練思想とADHDの覚醒制御

格闘技の世界では、練習より本番のほうが動ける人間がいる。逆に、稽古では強いのに試合で崩れる人間もいる。この差は筋力でも技術でもなく、神経の覚醒状態にある。

初代タイガーマスクとして知られ、後にシューティング理論を構築した佐山聡は、弟子に対し怒号や平手で極端な緊張状態を作り出し、極限の反応速度を引き出したうえでこう言った。

この状態を自分で作れなければ意味がない。自分でアドレナリンを上げろ。

ここで言われているのは精神論ではない。神経の制御技術の話である。

人間は危険や怒りに直面すると、交感神経が急激に優位になり、副腎からアドレナリンとノルアドレナリンが分泌される。心拍数は上がり、痛覚は鈍り、反応時間は短縮する。いわば戦闘モードだ。だが通常この状態は偶発的にしか起こらない。試合、事故、恐怖、締切直前など、外的刺激に依存する。

佐山の訓練はここを切り離そうとした。恐怖や怒りがなくても、意図的に同じ神経状態へ入れるようにする。つまり「覚醒の自動化」ではなく「覚醒の起動化」である。

この思想はADHDの特性と強く重なる。ADHDは単純な集中力不足ではなく、前頭前野のドーパミン・ノルアドレナリン調節の弱さにより基礎覚醒が低い状態になりやすい。そのため平常時は動けず、締切や危機が訪れると一気に集中する。刺激依存型の覚醒構造だ。

締切直前に突然能力が出る現象は怠惰ではない。脳がアドレナリン条件を満たして初めて起動するからだ。言い換えれば、外部刺激が起動ボタンになっている。

佐山の言う技術は、この外部ボタンを内部ボタンに置き換える試みと一致する。

重要なのは、怒鳴られること自体に意味はない点だ。怒号や恐怖は扁桃体からのボトムアップ刺激であり、本人の制御ではない。目的はその状態を学習し、前頭前野からトップダウンで同じ覚醒を再現できるようにすることにある。

方法は条件付けになる。強い交感神経反応を確実に起こす行為を固定し、その直後に特定の作業を開始する。短時間の全力運動、冷水刺激、強い呼吸変化、声の発声などで確実に覚醒を作り、その瞬間に作業へ入る。これを繰り返すと、脳は「この動作=集中状態」と学習する。やがて刺激を弱め、拳を握る、姿勢を正す、特定の呼吸をするだけで同じ神経状態へ入れるようになる。

これは気合ではなく回路形成であり、パフォーマンスの再現性を作る工程である。

ただし限界もある。ADHDの構造自体が消えるわけではない。あくまで覚醒の起動を自前化する補償機構になる。また高覚醒の常用は疲労、睡眠障害、攻撃性増大を招くため、終了後に副交感神経へ戻す技術とセットでなければ破綻する。

結局のところ、問題は集中力ではない。起動条件である。

外部刺激が来るまで待つ人間と、自分で戦闘モードへ入れる人間の差は能力差ではなく神経制御の差になる。

佐山が教えようとしたのは強さではなく、感情に支配されない起動権の獲得だった。アドレナリンは出るものではない。起動するものである。