共同経営。それは、理想的な協力関係に見える反面、非常に難しい舵取りを要求される事業形態である。互いの信頼関係に支えられたパートナーシップが、なぜ崩れるのか。そもそも、なぜ失敗に陥りやすいのか。その答えを、松下幸之助が残したある実話から深く掘り下げてみよう。
理想と現実のギャップが破綻を生む
事業を立ち上げる際、多くの人が「一人では不安」「分担すればうまくいく」と考え、信頼できる人物との共同経営を選択する。確かに、スタート時のリソースや精神的な支えになるのは事実だ。しかし、実際にはその多くが破綻し、片方が去る結末を迎える。
その理由は、理想と現実のギャップにある。役割の不明瞭さ、責任感の温度差、経営観のズレ、そして最も重要なのは、「全身全霊で向き合っていない」ことによる緩慢な崩壊だ。
松下幸之助が犯した「軽視」という過ち
昭和2年、松下幸之助は順調に成長する本業に加え、新たに電熱器分野への進出を図った。その際、米屋を営む旧知の友人と共同出資し、「電熱部」を設立する。だが、人気商品の「スーパー・アイロン」がヒットしても経営は赤字。次第に行き詰まりを見せるようになる。
当初は「なぜ売れているのに利益が出ないのか」と不思議に思っていた。しかし、原因を深く掘り下げた結果、次のような本質的な誤りに気づく。
「自分は副業のように電熱部を見ていた。友人も電器は素人であり、しかも米屋と兼業している。この二人の中途半端な姿勢が、事業の失速を招いたのだ」
この反省に基づき、幸之助は友人にこう告げた。
「君に任せきりにしたのは、私の軽率だった。今後は自分が本気でやるから、この仕事から手を引いてくれないか」
そして友人は、松下電器に改めて「社員」として入社し直し、共同経営という形は終焉を迎える。その後、電熱部はストーブやコタツなども手がけ、軌道に乗っていく。
責任の曖昧さが信頼を崩壊させる
共同経営の本質的な問題は、「責任の曖昧さ」にある。どちらが最終責任者なのかが明確でないと、判断が遅れ、失敗のリスクが高まる。誰かがミスをしても、それを「相手のせい」にする構造が生まれやすく、協力関係だったはずのパートナーシップが、いつしか対立へと変化してしまう。
兼業パートナーの罠
副業感覚、あるいは本業との両立を前提にしたパートナーシップは、継続性において致命的である。理由は単純で、「片方が全力でない」という状況が生まれるからだ。これは、組織の信頼構造において非常に危険な前提条件となる。
片方が深夜まで働いているのに、もう一方は本業の合間に連絡を返すだけ。こうした非対称の努力量は、どんなに信頼関係があっても、いずれ「不公平感」として噴出する。
初期の信頼は時間とともに崩れる
スタートアップ期は、お互いの熱意と信頼で乗り切れる。しかし、月日が経つにつれて「金」「裁量」「方向性」「労力配分」など、より現実的な問題が積み重なっていく。信頼は維持することにこそコストがかかり、維持しない限り自然に摩耗していくものなのだ。
共同経営を選ぶなら、最初にすべきこと
それでもなお、共同経営を選ぶなら、次のような要素を明確にしておく必要がある。
- 役割分担と決裁権限
- 出資比率とその対価としての責任
- 目標達成の期限と定義
- 離脱時の条件と手続き
- 片方が不在でも事業が継続する運用フロー
これらがないままに「なんとなくの信頼」で始めると、いずれ「なんとなくの不信」で終わることになる。
単なる友情では事業は動かない
松下幸之助の例でも分かる通り、共同経営は友情だけでは成立しない。ビジネスには、戦略、責任、リーダーシップが不可欠だ。もし相手がそれらに欠けるなら、最初から雇用契約か、業務委託として関係性を築いた方がよい。
「共同経営」という形を選ぶこと自体が、リスクを内包した決断であることを忘れてはならない。
「あやまち」を認める勇気が事業を救う
幸之助は自らの軽視という過ちを認め、体制を改めるという苦渋の選択をした。この姿勢こそ、経営者としての本質である。あやまちを隠すのではなく、認め、改め、次の一手へ進める力。それがあるからこそ、彼は時代を超える企業を築けた。
失敗を認めた瞬間こそが、本当のスタートラインである。
「共同」という言葉に隠された危険
「共同」とは、美しい言葉である。だが、それが意味するのは「常に共同でなければならない」という呪いでもある。意見が食い違ったとき、どちらが舵を切るのか。それを明確にしておかない限り、事業は船頭多くして船山に登る。
だからこそ、単なる友人関係や信頼関係だけで、安易に共同経営という選択をしてはならない。
まとめ:信頼より、責任の構造を設計せよ
共同経営を夢見る起業家は多い。しかし、それがうまくいくのは極めて稀だ。うまくいっているように見える企業も、実はどちらかが強く主導権を握っているケースが大半である。
もしあなたが今、誰かと共同で何かを始めようとしているのなら、次の問いを自分に投げかけてほしい。
- 相手は本当にこの事業に全力で向き合っているか?
- 自分は相手に本気で向き合えているか?
- 失敗したとき、すぐにその責任を取れる構造になっているか?
これらに明確に「YES」と言えないなら、共同経営は再考した方がいい。
人生も、事業も、曖昧な関係からは生まれない。
参考文献
https://note.com/ta_su_ku/n/n03ca07626501
https://note.com/think_kota/n/n87aa2f86e2ca
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/noriwo_t/2015/04/post-5f9a.html
https://tameni.mynavi.jp/column/6360/
https://www.php.co.jp/php/topics/konosuke/article-38294.php
https://www.unisiacom.co.jp/blog/5268/