収入や肩書では語れない「生き方」としての職業観を考える
なぜ今、改めて「職業とは何か」が問われているのか
社会が大きく変わろうとしている今、「職業とは何か？」という問いが、静かに、しかし確実に浮上している。
かつて、職業とは「飯を食うための手段」だった。教師、サラリーマン、大工、農業、どれも生活の糧であり、社会的役割であり、名刺代わりでもあった。
だが、現代はそれだけでは済まない。複業、ギグワーク、副業、無職、創作、実業、表現、配信、投資。もはや「職業＝一つの肩書」ではなくなった。
「稼いでいれば職業か？」「名乗れば職業か？」「働いてなくても職業と言っていいか？」といった問いが、現実の選択として浮上している。
この記事では、職業という言葉の意味を、社会的・哲学的・実存的に分解し、再定義することを目指す。
所得で定義される「職業」は、あまりにも浅い
一般的に「職業」とは、所得を得ている活動を指すものとされている。
たとえば、アルバイトをしている人には「アルバイト」、会社勤めの人には「会社員」、自営業の人には「個人事業主」という分類が与えられる。これは、税務上・行政上の便宜であり、統計的処理に基づいたものだ。
だが、それがその人の「職業の本質」を表しているかというと、答えは明らかにノーだ。
音楽家として生きている人が、現在は音楽での収入がなく、Uber Eatsで生活費を稼いでいたとする。では、彼の職業は「配達員」なのか？それとも「音楽家」なのか？
この問いに答えるには、単に収入の出所だけを見ていては届かない。重要なのは、その人が何を「本業」として生きているか、どこに命を燃やしているか、という一点に尽きる。
名乗ることで職業になる
ここで重要になるのが、「名乗りとしての職業観」だ。
職業とは、社会的にどう呼ばれているか、ではなく、自分自身が「自分をどう名乗っているか」に重きを置くべきだ。
世の中には、肩書がなくとも建築を考え続けている人がいる。小説を一本しか書いていなくても、いまだに「自分は作家だ」と言える人がいる。それを「虚言」と呼ぶ者もいるが、では何をもって虚言と断じるのか。
名乗るということは、責任を引き受けるということだ。誰も依頼していなくても、自分の表現を続けている人は、もはやその道の人間である。
つまり、「職業とは、社会的に承認された収入源」ではなく、
「その道に対して自らを捧げる覚悟の名乗り」と再定義できる。
一作しか書かない小説家は「無職」か？
象徴的な問いとしてよく出てくるのが、「一作だけ小説を書いた作家は、小説家と呼べるのか？」というものだ。
その作品が世に出てヒットし、以降は印税で暮らしている。もう書く意欲はないかもしれない。あるいは、まだ書くつもりだが何年も作品は生まれていない。
この場合、行政的には「無職」あるいは「無収入」と判断されるだろう。しかし、その人が「私は小説家である」と名乗り、今も文学に関わり、自分を表現しているなら、それは立派な「職業」である。
たった一つの仕事が、その人の生を規定する。逆に、何百のタスクをこなしていても、「何者でもない」と感じる人は無数にいる。
複業の時代における「職業の自己定義」
現代は、ひとつの肩書にしがみつく時代ではない。副業や複業が当たり前となり、表の顔と裏の顔を使い分ける人も珍しくなくなった。
昼は営業マン、夜はDJ。週末だけ講演家として活動し、平日は経理として働く。どれが本業でどれが副業なのか。もはや境界は曖昧である。
重要なのは、自分自身がどれを「自分の職業」として捉えているかだ。他人の目ではなく、自分の内側で定義されたものこそが、もっとも信頼できる「職業名」なのだ。
無職＝何もしていない、は幻想である
「職業がない」状態、いわゆる「無職」は、しばしば「何もしていない人」と誤解されがちだ。
だが、実際には無職の状態こそ、もっとも思索と模索と内的労働が活性化しているタイミングだったりする。何者にもなれず、何者にもならず、ただ存在している状態。そこにしか触れられない領域がある。
社会的肩書を持っていなくても、心の奥では自分の「職業」を手放していない人は多い。無職という状態は、単なる過渡期であり、沈黙の自己定義の時間でもある。
「職業にする」という行為は何を意味するのか
ある活動を「職業にする」とは、単にそれでお金を稼ぐという意味ではない。
・日常の大半をそれに捧げている
・そのためにスキルや思考を磨き続けている
・失敗や困難を受け入れてなお離れない
・それを通して他者とつながろうとしている
こうした姿勢があるとき、人はその道に「職業としての覚悟」を宿している。
本当に「職業化」するということは、手間と労力と孤独を引き受けることでもある。
「あなたの職業は何ですか？」という問いにどう答えるか
この問いは、形式的には簡単だ。「会社員です」「デザイナーです」「飲食店経営です」と答えれば済む。
だが、本質的に問われたとき、「自分は何者か？」「何に人生を懸けているのか？」と真正面から向き合うことになる。
職業とは、社会と自分をつなぐ「名乗り」である。人によっては、それは「表現」であり「責任」であり「覚悟」である。
自分の名前の横に、何と書くか。何と名乗るか。それは他人に与えられるものではなく、自分が決めるものだ。
