なぜ何が良いか悪いか分からないのか
人生 何が良いか悪いか分からない。
この疑問は、ほとんどの人が一度は抱く。
正しいと思った選択が裏目に出る。
努力したのに結果が出ない。
逆に、嫌だった出来事が後から役に立つ。
人はそこで戸惑う。
なぜ人生はこんなにも予測できないのか。
なぜ「正しいこと」をしているのに未来が読めないのか。
一般的な説明はこうだ。
人生は努力で決まる。
正しい判断をすれば成功する。
失敗は努力不足か判断ミスだ。
この説明はシンプルで分かりやすい。
社会も教育もこの前提で設計されている。
だが、この考え方は人生の本質を捉えていない。
人生は直線ではない。
むしろ構造としては、あみだくじに近い。
縦線は自分の行動。
横線は偶然の出来事。
出会い
失敗
移動
病気
時代の変化
技術の進歩
こうした横線に当たるたびに、進む方向が変わる。
ここで重要なことがある。
あみだくじは途中では結果が分からない。
横線に当たった瞬間、その線が
当たりなのか外れなのかは判断できない。
人生もまったく同じだ。
嫌だった学校
↓
一生の友人と出会う
失敗した挑戦
↓
後の成功の基礎になる
望まなかった仕事
↓
思いがけない能力を鍛える
逆もある。
最高のチャンスだと思った出来事
↓
長い停滞の入口になる
つまり、出来事そのものには価値が確定していない。
その意味は時間の中で変わる。
ここで人はよく誤解する。
人生の問題は判断力だと思ってしまう。
だが違う。
構造の問題だ。
人間は「今この瞬間」で物事を評価する。
しかし人生は「長い経路」で意味が決まる。
このズレが人生を難しくする。
あみだくじを途中で見ても、
どこに辿り着くかは分からない。
横線が一本あるだけで進路は変わる。
その先にもまた横線がある。
だから途中の評価は、ほとんど外れる。
ここで一つ、世界の見え方が変わる考え方がある。
人生には
良い出来事も
悪い出来事も
存在しない。
存在するのは、進路変更だけだ。
横線に当たると方向が変わる。
ただそれだけだ。
しかし人間はそれを
成功
失敗
幸運
不運
と名付けてしまう。
だが、時間が経つと分かる。
あの出来事があったから今がある。
そう思う瞬間が必ず来る。
苦しみの中でしか生まれないものがある。
混乱の中でしか見えないものがある。
人生のエネルギーは、
実はその摩擦から生まれている。
何も起きない人生は安全だが、
何も生まれない。
線が少ないあみだくじは、
最初から結果が決まっている。
逆に横線が多いほど、人生は激しくなる。
遠回り
挫折
混乱
予想外の出来事
それらはすべて、人生の線を増やす。
そして線が増えるほど、人生は深くなる。
多くの人は安定した一本道を望む。
だが一本道には物語がない。
物語が生まれるのは、
予測不能な線が交差するときだ。
だから人生は奇妙な形になる。
振り返ると一本の線に見える。
しかし進んでいる途中では、
ただ複雑な迷路にしか見えない。
ここでようやく分かる。
人生とは
正解を選ぶゲームではない。
複雑なあみだくじを
全力で下りていくこと。
そして途中では
何が良いか悪いかは
誰にも分からない。