TW・野帳・F-91Wから見える日本的合理主義
海外のフォーラムやRedditを眺めていると、不思議な現象に気づく。
高級ブランドでも最新ガジェットでもなく、むしろ安価で地味な道具に人が集まり続けている。
ヤマハTW
測量野帳
Casio F-91W
ジャンルはバラバラなのに、同じ温度のコミュニティが存在する。
なぜか。
共通しているもの
この3つを並べると特徴がはっきりする。
安い
壊れない
構造が単純
何十年も変わらない
改造される
使い続けられる
重要なのはここだ。
性能が高いから愛されるわけではない。
理解できるから愛される。
完成品と素材の違い
現代の製品は完成品として売られる。
メーカーが定義した使い方
保証封印
分解不能
寿命が決まっている
対してこの3つは違う。
ユーザーが関与できる余地がある。
F-91Wは分解される
野帳は書き方が固定されない
TWは作り替えられる
つまり製品ではなく素材に近い。
なぜ改造文化が生まれるのか
人は完成した物を消費する。
未完成の物を育てる。
余白がある道具には関係性が生まれる。
だから世界中で同じことが起きる。
ストラップを変える
外装を変える
書き方を変える
用途を変える
機能ではなく参加が価値になる。
ローテクなのに古びない理由
普通、技術は更新されると価値を失う。
しかしこの3つは逆だ。
設計が更新されない。
だから文脈が蓄積される。
修理情報
改造方法
使い方の知識
時間が経つほど資産が増える。
ここがハイテク製品との決定的な差。
ここで初めて見えてくる、日本の設計思想
この現象は偶然ではない。
同じ種類の合理性から生まれている。
余計な装飾をしない
過剰な機能を載せない
壊れないことを優先する
生活を成立させることが目的
これはミニマリズムではない。
生活のための工業設計。
団地も同じ思想で作られている
この視点で見ると、戦後の公団住宅が理解できる。
2DK配置
南向きベランダ
押入れ
規格化寸法
美しさのためではない。
生活を成立させるための設計。
つまり
TW
野帳
F-91W
団地
すべて同じ思想の延長線上にある。
世界が反応している本当の理由
海外で評価されているのは日本製品ではない。
理解可能な設計である。
触れる
直せる
把握できる
使い続けられる
過剰設計の時代に、これが安心になる。
結論
日本の一部のローテク製品が世界で支持される理由は品質ではない。
参加できる設計にある。
ユーザーを排除する製品ではなく
ユーザーを含めて完成する製品。
その思想が、バイクから文具、時計、住宅まで一貫して存在している。
それが日本的合理主義の正体である。